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日は高く上つて、噎むせるやうな温かい空気が、時々、風の工合で河原の方からやつて来た。徳次も切り上げて来た。三箇の魚籠びくを中にして、頭を並べて獲物を見せ合つた。
男は語尾に力を入れて、房一の眼の中をのぞきこんだ。
たしかに、「家」に関するかぎり、正文老夫婦が口を利くべきだつた。おかげで、練吉はかういふことにつきもののいざこざの矢面に立たなくてもいゝわけであつた。それから、どうなつたにしても練吉自身の責任は免れるといふものだつた。――「まさに、おれはこの年になつても子供だ。子供は親の云ふことを聞くものだ」と、練吉はいくらか小狡こずるく又いくらか皮肉げに傍観していた。
房一は満足げに、かへつて来た犬の頭をかるくたゝいた。
彼はもう少しで最も善い友人に向ふやうに考へごとを打ち明けるところだつた。
「どうでせう。いつそあの障子も脇戸もとり払つて、曇り硝子に高間医院といふ字を抜きましてね、厚い二枚戸でも入れたら――」
「きさまか、鬼倉ちふのは」
「あ、さう云へば」
房一は苦笑した。
「それでは」
次は客の湯の方へはいっているときである。例によって村の湯の方がどうも気になる。今度は男女の話声ではない。気になるのはさっきの溪への出口なのである。そこから変な奴がはいって来そうな気がしてならない。変な奴ってどんな奴なんだと人はきくにちがいない。それが実にいやな変な奴なのである。陰鬱な顔をしている。河鹿かじかのような膚をしている。そいつが毎夜極った時刻に溪から湯へ漬かりに来るのである。プフウ!なんという馬鹿げた空想をしたもんだろう。しかし私はそいつが、別にあたりを見廻すというのでもなく、いかにも毎夜のことのように陰鬱な表情で溪からはいって来る姿に、ふと私が隣の湯を覗いた瞬間、私の視線にぶつかるような気がしてならなかったのである。
この時ふと、房一は、何故こんなに相沢が立入つて訊くのか、といふ疑ひを持つた。だが知り合ふとすぐまるで親類か何かのやうに世話を焼きたがる河原町の人達の癖は、房一も家の造作のときにも、その後にも一再ならず見て知つていた。
徳次はきまり悪げに、しかし、又あのきよろりとした眼つきにかへりながら云つた。